毎日を生きることは、宙を歩くくらい難しい。

両親の離婚に不登校。女性経験なしコミュ症。パワハラで退職。ちょっと鬱。ぐれずにここまでやってきた僕のゆったり日記。ただ稀に薄暗い気分に身を委ね、目が覚めた僕には理解が出来ない文がある。

迷惑亀

街から遠く離れた山奥に、一匹の亀が住んでいました。名前は都・ケバン・ジョファー・オルナルド2世。たくましく、健やかに、末永く幸せにと、母が願いを込めてくれた名です。その名に恥じぬよう、切磋琢磨を信条に生きてきました。オルナルドは誰にも迷惑をかけません。

元旦から数えて日が三度落ちた夜。オルナルドは川の上流へと向かいました。航空機やフェラーリを持っていれば、すぐ目的地にたどり着くのですが、あいにく手が届きません。金銭的にも生態的にも。仕方なく、約束の日よりも2日早く出発しました。オルナルドは友人にも迷惑をかけたくないのです。

亀は万年と言いますが、彼はまだ42歳です。甲羅のシワがまだまだ精進しろと、鼓舞を示しています。しかし、自身の誕生に対して、それ程の執着心がなかった亀は、年齢など覚えてはいませんでした。ただただ、毎日の生活を繰り返していただけなのです。雨の日も、嵐の日も、雷の日も、空から蛙が降ってくる日も、亀は毎日を続けていました。毎日。毎日。そんな亀を見ていた、森や街の動物たちは、つまらなそうな亀と同情していました。嫁もなく、パソコンもなく、テレビもなく、娯楽もない。こんな山奥に一人きり、いったい何を楽しんで生きているのか、気味が悪かったからです。彼らはオルナルドの迷惑になりたくなかった為、距離を取っていました。

昨日の落雷が原因か、木がなぎ倒され道を塞いでいました。辺りを見渡し、隙間からの風を確認します。困ったことに、どうも、向こうへ繋がる割れ目はなく、迂回するしかありません。予定よりも多く時間を見積もって家を出ましたが、約束の時間を多く過ぎてしまいそうです。オルナルドは困ってしまいました。

結局、約束の時間よりも2時間も遅れてしまい、オルナルドはうさぎさんに迷惑をかけてしまいました。

「大丈夫かい?」

やっとこさ、たどり着いた亀に、うさぎさんは手を差し伸べながら言いました。

「平気だよ。でもごめん。待ち合わせにこんなに遅れてしまって」

「いいんさ。君が生きてくれただけで。何かあったんじゃないかって、気が気でなかったよ」

「携帯を買うべきかな」

「いらないさ。君、どこにしまうんだい」

「甲羅の中だよ。これ開くんだ」

「おや、まぁ」

うさぎさんは目をまん丸にして驚きました。

「そろそろ向かおうか」

そう言ったうさぎさんの後を、のそのそついていきます。ゆっくりと。ゆっくりと。