毎日を生きることは、宙を歩くくらい難しい。

両親の離婚に不登校。女性経験なしコミュ症。パワハラで退職。ちょっと鬱。ぐれずにここまでやってきた僕のゆったり日記。ただ稀に薄暗い気分に身を委ね、目が覚めた僕には理解が出来ない文がある。

痩せ紳士

路地を曲がると、そこには痩せ型のおじさんが立っていた。黄土色のスーツに身を包み、黄金色の皮膚で日差しを迎えながら、壁にもたれかかっている。あまりにもその場の外観にそぐわない彼は、異国の地から訪ねて来た人ではないか。私の予感は、その彼の足元のアタッシュケースが黒光りすることで、確信に変わった。きっと中には、火炎瓶やスナイパーライフルが入っているに違いない。それか、口では言えぬような粉末を大量に隠し持っているはずだ。もしくは、非合法な海賊版DVDを蓄えているかもしれない。私の目にはもう、彼の姿が運び屋か殺し屋、良からぬ人物に、豹変していた。

その佇まいに怯えを感じ、私は足を止めていたのだった。時折、手首を返しながらチラチラと腕時計を確認している。約束の時間が迫っているのだろうか。目を細め、数十メートル先を眺めてもいる。このような住宅地で、一体誰と会うのだろうか。私は初めてのオモチャを与えられた犬のように、じっくりと、かつ慎重に、興味を噛み締めていた。

私も彼と同じように目を細めた。彼をもっとよく理解するには、こうする他になかったからだ。近づき、感づかれ、この喉を切り裂かれる恐怖には勝てなかった。が、この奇妙な彼への期待も同時に共存していた。ギリギリの均衡を保ったシーソーのように、いつ崩れ去るかわからないアトラクションに、高揚感を感じていた。

詳しく、覗く。あの腕時計を付けた右手には、棒状のものが握られていた。三角の輪郭に赤みがかかっている。所々に凹凸のような黒い斑点が見えるが、何なのだろうか。そして、この暑さに負けているのか、それはポタポタとアスファルトに水滴を落としている。彼は咄嗟に腕時計を見る時と同じように手首を返し、それを舐める。その余りにも滑らかな動作に、初心ではなく度重ねた経験を感じさせた。それは、左手の小指を口に含む動作も同じであると確信した。